「休職」についての心配事。【ココロノマルシェ】

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今日は『ココロノマルシェ』に寄せられたご相談にお答えしたいと思います!

ココロノマルシェとは

根本裕幸カウンセラーの「お弟子さん制度」を卒業したカウンセラーが、寄せられたご相談にお答えする、お悩み掲示板です。 

【ご相談】

長く療養を取ると、仕事に、社会復帰に、できるものなのでしょうか?

はじめまして。
アラサーのしーたけと申します。
私は3月の初旬から現在まで、体調を崩して会社を休んでいます。
体調を崩したと言いますと、持病の喘息を日々の疲れなどからこじらせてしまい、息切れ症候群と医者から診断されました。
息切れ症候群とは、体内の酸素が足りなくなっていて日々疲れやすかったり、活動すると、ハアハアと息切れがすぐしてしまったりすることらしいです。
3.4月と自宅で療養し、その症状が前より改善されてきた実感があったので、職場に迷惑もかけているし、もう戻らなくちゃ…と思い、再度病院を受診したところ、まだ改善が少ししかできていないから、働いてもいいけどあんまり無理はしない方がいいと言われました。
私自身も体調はまだ完全に症状はよくなっていない気はしていますが、少なくとも前よりはよくはなっているので、復帰を考えていました。
ただ病院受診後、やっぱりもうちょっと休んだ方がいいのでは…?という思いもかけ巡っていて、あまり長く休みすぎても逆に社会復帰できなくなりそう…と不安になってしまったり(気持ちは行きたいのに、拒絶反応?とか、出たりとかするのかな…とか思ったりしちゃいます)、職場に迷惑もかけていたりするので、早く戻らなきゃ…という気持ちも出てきて、色々考えたいたらどうしていいかわからなくなり、涙が止まらなくなって、ここにわーっと相談させていただきました。
長く療養を取っていると、仕事に、社会復帰に、できるものなのでしょうか?そこが一番不安な点です。
個人的なお話もさせていただきましたが、よろしくお願いします。

 from しーたけさん

 

しーたけさん、はじめまして!

カウンセラーのリエコです。

ご相談をいただいてから、少し時間が経ってしまいましたが、その後ご体調はいかがですか?

休職して日が経つにつれ、職場を不在にしていることへの不安、周りの方に迷惑を掛けることへの申し訳なさ、今後の仕事生活への不安など、いろいろな気持ちが重なってぐるぐるしてしまう気持ち、、とてもよくわかります。。

自分が不在にすることで、誰にどんな負担を掛けることになるのか想像できてしまうなら、その気持ちはなおさら大きいものではないでしょうか。

私は、休職から仕事復帰して、もうすぐ1年になります。

私の休職経験が何かしらお役に立てるかもしれないなぁと思い、この1年を振り返りつつ、回答させていただこうと思います。

 

 

◆社会復帰のタイミングについて

3.4月と自宅で療養し、その症状が前より改善されてきた実感があったので、職場に迷惑もかけているし、もう戻らなくちゃ…と思い、再度病院を受診したところ、まだ改善が少ししかできていないから、働いてもいいけどあんまり無理はしない方がいいと言われました。

現実問題として、復帰時期の見極めは非常に難しいものだと思います。

私の場合は、体調不良の症状が、カラっと改善するものではなく、1年~数年かけてゆっくりと回復するといわれるものだったので、どの程度の回復で「仕事復帰」をするのかも、自分の感覚や判断に委ねられました。

初めてのことだし、とても判断が難しかったけど、周りの方にアドバイスをもらいながらよくよく考え、「もう体調は大丈夫!」と確信して3ヵ月で復帰。

それでも、1年が経った今、あの頃の状態を振り返ると、ぜんぜん「大丈夫」ではなかったぁなと感じています。

確かに、いちばん辛かった時期に比べたらだいぶ動けるようにはなっていたのですが、「体調不良ではない」というだけで、「元気に働ける」レベルには至っていなかったということは、実際に働いてみないとわからないことでした。

また、復帰後すぐは体が思うように動かず、とても混乱しました。
頭は「休職前の仕事ペース」を覚えているので、同じように仕事を進めようと体に指示出しをするのだけど、体がぜんぜんついてこないのです。
なので、初めの頃は、想定していた仕事量をこなせなくてヤキモキ。
そして、少しして体が慣れてくると、こんどは無意識に「休職前のペース」に合わせて、体を動かそうとしていきます。
でもそれは、病み上がり体にとってはハイペース。結果的に無理を重ねることになり、午後の4時頃になるとスタミナが切れてぐったり。。

そんなことが続いて、復帰後の数週間で「このままだとまた元の症状に戻ってしまう」「自分の体は自分で守らなければならない」という思いに至ります。

もしも今「休職中の私」に言葉を掛けられるとしたら、「しっかりと動けるようになるまで休みなさい」と言いたいです。その見極めが難しくはあるのですけどね。。
でも、結果的には、支えてくれた周りの方に「ありがとう」をお返しするためにも、それがいちばん大切だと感じています。

もしも、しーたけさんが既に復帰されていたら、「自分のペース」を大切にお過ごしくださいね!

 

 

◆社会復帰への想い。

長く療養を取っていると、仕事に、社会復帰に、できるものなのでしょうか?そこが一番不安な点です。

初めての休職生活において、「社会復帰」への不安は大きいものだと思います。

私も初めてでしたので、休職中はしーたけさんと同じような想いがありました。

 「これ以上休んだら社会に復帰できなくなるのではないか」
 「休養生活に慣れすぎて、仕事生活のペースに戻れなくなるのではないか」

この「社会復帰できないこと」への不安。
掘り下げていくと、私の場合はそこに「社会復帰できない⇒お給料がもらえない⇒生活できない⇒生きていけない」といった潜在的な怖れがありました。だから、社会生活に戻れなくなることが怖かったんです。

そこで、私はその怖れを「健康な体で仕事を楽しみたい」という目標に転換し、健康な体を取り戻すことにコミットしました。 

同じ状況で「これまで通り会社で仕事をすることは自分の体にとって負担が大きいから、社会復帰するために、自宅でできる仕事に転職しよう」とか「自分のペースで社会復帰を果たすために、フリーで仕事ができるよう資格を取ろう」と考える人もいるかもしれません。

しーたけさんが「社会復帰できるものなのか(できなかったらどうしよう)」と不安に感じるのは、どのようなことに対してでしょうか?

怖れのモトに気付けると、その対策をたてることができるようになります。
いちど掘り下げてみてはいかがでしょうか?

  

 

◆「休職」が教えてくれること。

なぜ休職するに至ったのかを一言で表すと、私の場合は「休職前の仕事環境が、自分の心や体のペースに合っていなかったから」だと思っています。

仕事生活の中に、楽しさ/やりがい/義務/責任感/仲間との連携/などが増すにつれ、自分の心や体を「仕事」に合わせるようになっていきました。いつの間にか「仕事軸」になっていたんです。

体調を崩したと言いますと、持病の喘息を日々の疲れなどからこじらせてしまい、息切れ症候群と医者から診断されました。

私自身も体調はまだ完全に症状はよくなっていない気はしていますが、少なくとも前よりはよくはなっているので、復帰を考えていました。

「職場に迷惑をかけている」ことが気にかかり、まだ体調が十分に回復していないのに、復帰を検討されているしーたけさんは、とてもまじめで、周りの方への配慮もできる、思いやりのある方なのだなぁと感じました。

でも、周りの方を想うあまり、自分のことを二の次にしてしまっているところに、私と同じ「仕事軸」な感覚があるように感じたのですが、いかがでしょうか?

 

この休職は、「仕事軸(他人軸)になってるよ」というアラートだと思うのです。 

「2度目の休職」を迎えないためにも、この機会にいちど仕事との付き合い方を見直して、「自分軸」な自分らしい働き方を見つけてみませんか?

★私にとって、私生活と仕事のベストなバランスは?
★私はどんなペースで働きたい?
★そもそも、今の仕事は自分にあってる?
★もしも自由に仕事を選べたら、この仕事を選ぶ?

 こんな風に、いろいろな視点で「今の仕事」を眺めた上で、復帰後にはどんな仕事生活にしていきたいのかを、できるだけ具体的に描いていきます。例えば、

☆仕事と私生活のバランスを「仕事9:私生活割⇒仕事6割:私生活4」にして、もっとプライベートを充実させたい。
☆今の仕事場で、ゆくゆくはこんな仕事もしてみたいから、仕事しながら〇〇を学んでみよう。

もしも復帰後に「同じ環境」「同じ仕事」に戻った場合、意識していないとつい休職前の「お馴染みの生活スタイル」に戻ってしまいがちですが、このように具体的なビジョンを描いておくと、仕事軸にぶれかけても、スッと「在りたいポジション=自分軸な仕事スタイル」に戻ることができます。 

 

 

自分の体は自分でしか守ることができません。

もしもまだしーたけさんが療養中でしたら、是非ご自分の体としっかりと向き合って、復帰後の生活が、より自分らしく、有意義になるための「自分との作戦会議」の時間にあててみてはいかがでしょうか?

もしも既に復帰されているのでしたら、意識的に休息をとりながら、是非しーたけさんの「体調に合った仕事のペース」「自分軸な仕事スタイル」を探して見てください。

くれぐれもお体をお大切にお過ごしくださいね!

 

「感情を感じられない」頃の私を、セルフカウンセリング。

久しぶりのブログ更新です。
この数日、感情が溢れて何も書けなくなってしまって。汗

私、昨年末にはブログに「感情を感じられない」と書いていたんですよね。。
それを思えば、すごい変化です。

でも、思い返してみると「感情を感じられない」と言っていた以前にも、「感情に翻弄される」ことはよくあった気がします。
それが「感情に翻弄されている」状態だいうことは、よくわかっていなかったけど。
そして、以前の私は、今よりもっと混乱したし、その状態から抜け出すのにもっともっと時間がかかっていました。
また、それに伴う「自分責め」もひどくて、ものすごく消耗していました。

心の世界は広くて深いから、まだ全てを把握できているわけではないけど、
以前の私が感じていた「感情」の世界を振り返って、
当時の私をセルフカウンセリングしてみたいと思います。

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◆「感じること」から逃げていた頃のこと。
私は長い間、自分のことを「感情に疎いタイプ」だと思っていました。
感情が溢れそうになると、すぐに「思考」を働かせて気持ちを切り替えることを、よくやっていました。
例えば、何かしらの出来事で感情が溢れても、その感情に寄り添うことをせず、「こういう時はこうするべきだ」と思考的に気持ちを切り替えて行動したり、ポジティブな側面を探したりして、「感じること」を封じてしまうのです。
そうやって、感情に蓋をしつづけていたら、自分が「何を感じている」のかよくわからなくなっていきました。
自分が「何がしたい」とか、「どうしたい」のかも。

自分の感情に寄り添えないから、人の感情にも寄り添うことができず、
辛い気持ちを抱えた人に元気になって欲しくて、普段自分にやるように「気持ちを切り替えて頑張れ!」と励ましてしまうこともありました。
ヒドイでしょう〜、思い出すと冷汗でちゃう!
でも、その頃の私は、そういうやり方しか知らなかったんですよね。。
そうやって、私は、自分の心を守ってきたのだと思います。

特に「痛み」の大きな、いわゆる「慢性的な問題」については、ブレーカーが飛んじゃうみたいに何にも感じなくなっていました。
例えば、お弟子講座での、根本さんのデモセッションで。
周りのお仲間たちが感極まって涙している場面で、私は何も感じることなく、目の前で繰り広げられているロールプレイセッションを、まるでドラマを見ているみたいにぼーっと眺めていました。
根本さんは、それを「フォーカスパーソンと同じテーマを持っていたから、痛すぎて感情がフリーズしてしまったのだ」と説明してくれました。
その時まで、自分がそんな状態であることにも気づいていませんでした。
重症患者です。。

「感じないように蓋をする」のは、痛くて感じたくないからです。
でも、感情って、蓋をしてもなくならないし、感じなくなっても「在る」ことに変わりありません。
蓋をすることで、感じきれなかった感情は、やがて意識の下に潜って、無意識に自分を動かしていきます。
自分にとって「慢性的な問題」と出会うたびに、意識の下の感情が暴れて、自分を翻弄していくのです。
すると途端に、自分のエゴが刺激され、思考のクセや思い込みが見ている世界を歪ませて、自己肯定感が急降下して、自分をちっぽけに感じるようになって、心がペチャンコになって。
そうやって、どんどん「自分の中心」「ニュートラルな自分」から離れていきます。

結局のところ、私は「感情に疎い」のではなく、心が人一倍繊細だったのだと思います。
その「繊細さ」で全ての感情を感じると、社会生活でとても生きづらいから、自分を守るために感情に蓋をしてきたのでしょう。
自分の感情と上手に付き合うことができなくて、「感じる」ことから逃げていたのだと思います。



◆感情を感じられるようになったきっかけ。
そんな私が、感情を感じられるようになったきっかけは、「自分の心と向き合い続けてきたこと」の中にあったように思います。
お弟子講座の学びや、モニターカウンセリングをしていく中で、自分自身の「慢性的な問題」とたびたび出会い、その都度深く掘り下げていったんです。
「痛い」と感じるポイントを知ったり、「痛み」となる背景を探ったり、「痛み」のその下にある想いを見つけたり。
下手なりに一生懸命掘り下げていくうちに、だんだんと自分の心を理解できるようになり、感情を感じられるようになってきた気がします。

例えば、未知のものって、実際よりも大きく恐ろしく感じるでしょう?
でも、実態が把握できていると、受け止めやすいですよね。
感情も一緒で、その「感情」がどんな時にやってくるとか、その「痛み」の背景が何かを知ることで、怖がらずに受け止められ、逃げたり蓋をしたりして自分を守らなくても大丈夫になっていったのかもしれません。

また、心の中を「ただ眺める」という概念を知ったことも大きかったです。
心の中を眺める「目」を持ち、良いとも悪いとも判断せずに、思考を働かせず、「ただ見る」のです。
もしも感情にすっぽりと包まれてしまっても、「すっぽりと包まれている自分」を見ている自分は、その渦中にはいません。
すると、心の中にスペースができ、それが余裕につながります。
渦中で翻弄されるのではなく、「それで、わたしはどうしたいのか」という自分軸に戻れるのです。
その上で、もしもしんどいと感じたら、その自分を一旦脇に置いて深呼吸することもできるし、
自分では手に負えないと感じたならば、誰かに助けを求めることもできます。

そうやって、感情の対処法を覚えても、感情が溢れることがなくなるわけではありません。
でも、以前よりも消耗が少なくなってきたように思います。
そして、「私の心はどうなってしまったんだろう」と不安になったり、思考で感情を逃すことがなくなっていきました。



◆感情を感じることの恩恵
感情は、のまれてしまうと厄介だけど、上手にお付き合いできると、数えきれないくらいたくさんの恩恵を与えてくれます。
以前にはなかった「私にとっての恩恵」は、こんなことでした。
★自分のことを知るためのツール。
自分が「どんな痛みを持っているのか」を知ることで、自分を理解し守ることができます。
また、自分の感情に素直になることで、ビジョンを描くことができます。
★自分との絆が深まる。
自分の感情に寄り添えるようになると、心強くなるし、自分が自分の味方になることで、自己肯定感を上げることにもつながっていきます。
★人の感情を怖れなくなる
自分の感情と向き合えるようになったら、「自分の感情は自分のもの」ということが肚に落ちて、誰かの感情に触れても「その人の感情はその人のもの」と思えるようになりました。


これが、この1年間の私の成果。
まだ上手とはいえないけど、これからも試行錯誤しながら考察していこうと思ってます。
そして、これからは「繊細さ」を嫌わず、「情緒の豊かさ」として伸ばしていきたいなぁ!

感情のコントロールと対人関係【ココロノマルシェ】

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今日は『ココロノマルシェ』に寄せられたご相談にお答えしたいと思います!

ココロノマルシェとは

根本裕幸カウンセラーの「お弟子さん制度」を卒業したカウンセラーが、寄せられたご相談にお答えする、お悩み掲示板です。 

【ご相談】

感情のコントロールと対人関係

周囲からの刺激にとても反応してしまったり、人間関係がうまく築けなくて悩んでいます。

刺激というのは大きな音や大きな声だけでなく、趣味の映画やドラマ、テレビなどを観たときも同じで、心の揺らぎを整えられず、引きずってしまいます。

ネガティブなものは避けるようにしていますが、好きなこととうまく付き合うにはどうすればいいのでしょうか?

職場では苦手な人がおり、狭い職場で接触が避けられず悩んでいます。
何か言われても流すようにしているのですが、同じ空間に1日いるだけで疲れきっていまいますし、会話するときに何故かうまく声が出せなくて普通に会話するのも難しいことがあります。

そんな状況なので相手も距離を置かれてしまい、うまく環境になじめずにいます。

職場を変えれば済むかもしれないですが、これまでもうまく対処できなかったことが多々あり、克服したいと思っています。

from つるさん 

 
つるさん、こんにちは。
カウンセラーのリエコです。

ご相談文を読ませていただいて、つるさんはとても「感受性が豊か」な方なんだなと思いました。
その感性は、ご自分が振り回されてしまうほどに豊かで、日常生活では戸惑うことも多く、「もっと好きなことを楽しみたい!」「もっと会社生活に順応したい!」と考えてご相談くださったんですね。
つるさんのお悩みが少しでも解消されるよう、私の感じたことを述べさせてください。

 
◆自分と向き合う。

刺激というのは大きな音や大きな声だけでなく、趣味の映画やドラマ、テレビなどを観たときも同じで、心の揺らぎを整えられず、引きずってしまいます。

大きな音や大きな声に反応したり、ドラマやテレビを観て心が揺らぐようなことは、誰にもあることだと思うのです。
例えば、テレビや映画で言うなら、ホラーやサスペンスなんて、敢えて人をドキドキさせるように作られていますよね。そして、それを好む人は心の揺らぎを「スリル」として楽しんでいます。

でも、つるさんは、感度が高いゆえに、周りの人以上に感じすぎてしまったり、感情のコントロールが難しいのかもしれません。

感じすぎてしまったり、感情のコントロールができなかったとき、もしも「自分が人よりも感受性が豊かである」という自覚がないと、戸惑ったり、感情に振りまわされたり、不安でいっぱいになってしまいます。
でも、「これは私の性質である」と自覚できていると、対処ができますね。
まずは、こんな取り組みをされてみるのはいかがでしょうか?

❶私は何が苦手で、何に弱くて、こんな時はこうなる怖れがあって、・・というような「自分データ」を集めること。
❷「いつもの自分」に戻るための方法を、あらかじめ探っておくこと。

これらは、他の誰でもない、つるさんにしかわからないことなので、自分研究をぜひやってみてください。
自分の性質をよく理解して、自分で「自分のサポート」ができると、とても心強く在ることができます。
そして、それでも自分を守りきれなかった時(心の揺らぎを感じてしまった時や、なかなか平常心に戻れない時)には、全力で自分を慰め、支えて、励ましてあげてくださいね。


◆苦手な人と向き合う。
組織には合わない人もいるものですよね。
でも、会わずに済むならスルーできても、関わらざるを得なかったりすると、職場での時間がとてもストレスフルになってしまいますね。

職場では苦手な人がおり、狭い職場で接触が避けられず悩んでいます。
何か言われても流すようにしているのですが、同じ空間に1日いるだけで疲れきっていまいますし、会話するときに何故かうまく声が出せなくて普通に会話するのも難しいことがあります。

「何か言われて」しまうことがあるんですね、それはお辛いですね。。
そして、「会話するときに何故かうまく声が出せなくて普通に会話するのも難しいことがあります。」とあるのですが、その人と会話するとき、つるさんはどんな感情になるのでしょう?
この部分を読ませていただいて、つるさんに「会話するときに何故かうまく声が出せなくて普通に会話するのも難しいことがあります」という反応が起きてしまうことについて、2つ考えが浮かびました。

❶苦手な人が、「刺激」になっている。
1つは、つるさんが「豊かすぎる感性の持ち主」であることから、苦手な人がつるさんの「刺激」となっていること。これは前述のとおりです。

❷苦手な人に、誰かを投影している。
例えば、苦手な人のことを「恐ろしい」と感じて「何故か上手く声が出せなく」なるのなら、もしかして、つるさんが「かつて恐ろしいと感じた別の人」を、苦手な人に投影しているいるのかもしれません。
それはすなわち、その「恐ろしい」の気持ちは、苦手な人に対するものではなく、「かつて恐ろしいと感じていた人」に対するものかもしれない、ということです。

ご相談文には記述がありませんでしたが、つるさんは、その「苦手な人」のどんなところが苦手なのでしょう?怖いから?嫌いだから?
もしもカウンセリングの場でしたら、
・その人と同じ空間にいると、どんな気持ちになりますか
・会話の時にうまく声が出せなくなるのは、どんな感覚になるからですか
・これまで「会話するときに何故かうまく声が出せなくて普通に会話するのも難しい」となってしまうことは、この人以外にありましたか?
といったことも、うかがってみたいです。
そして、もしも「苦手な人」に他の誰かを投影しているのだとしたら、つるさんとその「他の誰か」との関係を見直すことで、苦手な人に対するストレスを和らげることができると思います。


◆自分が自分の味方になる。
心の揺らぎにすっぽりと包まれてしまうと、世界ぜんぶが揺らぎに包まれてしまいますね。
そんな時には、「そんな自分ただ見る」という視点をもたれてみてはどうでしょう?
「すっぽりと包まれてしまっている自分」を眺めている自分は、その渦中にはいません。
そして、自分の中に「ちょっと冷静な目」が生まれるんです。
その眼差しで、「すっぽりと包まれてしまっている自分」に対して、良いとも悪いとも判断せず、ただ寄り添ってあげます。
そんな風に、自分に寄り添う気持ちが持てると、もしも刺激の強いことに「怖い」と感じた時にも、そんな自分を眺めるもうひとりの自分がそばにいてくれて、対処についての選択肢を示してくれるでしょうし、味方になって励ましてくれるでしょう。
そうすると、つるさんはひとりで震えることがなくなります。

私はその在り方を「瞑想」を通して知ったのですが、
「感情の揺らぎをととのえられず、引きずってしまいます。」というつるさんに、是非お勧めしたいなと思いました。
実は私も「瞑想」初心者なんですよ!
学んだことをブログにも書いていますので、ご興味があればぜひご参考になさってください。

職場を変えれば済むかもしれないですが、これまでもうまく対処できなかったことが多々あり、克服したいと思っています。

人との心地よい関係を築くためには、まずは「自分との心地よい関係を築く」ことが大切だと思います。
そのために、自分自身をよく知り、何かあった時には自分を応援し、励まし、いつも自分の味方で在る「自分」を育ててみるのはいかがでしょうか?

つるさんが「自分」というサポーターに支えられて、強い心で、好きなことが楽しめるようになりますように。
そして、職場生活でも、その在り方を用いて、人との心地よい関係を築いていけますように、応援してます!

 

 

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私と関わりの深い「3人の男性」について【ココロノマルシェ】

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今日は『ココロノマルシェ』に寄せられたご相談にお答えしたいと思います!

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【ご相談】

講師に父を投影している私と主人について

お世話になります。
わたしは50歳既婚です。

父と主人、心理カウンセラー講師の男性について相談です。

私が子どもの頃、父は、単身赴任が多く私はあまり父に甘えた記憶はありません。
 久しぶりに帰省してもどのように接していいのか?わからなかったのだと思います。
 寡黙で優しい父ではあったのですが父のいる生活は非日常だったので、長期間になると
正直、早く出張に行ってもらいたいなと思いました。
その父は55歳でリストラにあい、再就職もせずにお酒に溺れ
借金をして私たち兄弟が立て替えたり、数年は仕送りをしました。父より2つ下の母は
65歳まで会社員をして生計を立てていました。

夫は現在会社員。大学卒業後は営業で月収7桁近く稼いだことも
数回ありましたが現在は正直、夫の給料だけではやっていけません。父と同じ優しく
真面目です。ずっと共働きでしたが、この3月に私は職場の人間関係で疲れてしまい
退職しました。
 収入面では私の方が夫より稼いでいました。私が稼いだお金をあてにされることはなかったのですが、結果的に車の購入や、住宅ローンの返済、教育費などの捻出は私で、稼いでも稼いでもお金はたまりませんでした。
そんな彼に対して、心のどこかで年収の少ない彼に対して
「もっと稼いで欲しい」「私は専業主婦になりたかった」と思っていました。

そして、カウンセラーの講師についてです。現在、心理の勉強をしていますが、講師はどこか父に似ています。優しいところ。私は講師の前で頑張っちゃたりしちゃう。ラインの内容で一喜一憂したりする。好きなのかな?それは父を投影していることはわかっています。しかし、つい講師に会いにいくのが楽しかったり何より心理の勉強をするのが新鮮でした。一方で怖さもありなんとも自分の感情をコントロールできないこともあります。その講師に、えりちゃんの笑顔は防衛反応と言われ無意識に今まで笑顔でいたことを見透かされた気分で悲しくなってしまいました。なんで?早く話してくれなかったのだろう??ってきづかずに今まで行動していたことがバカなんじゃないかと自分が嫌になりました。騙されたような?気分にもなりました。一方で私のことを大きな心で見守っていてくれてるのかな?色々考えてしまいました。講師にはえりちゃんは素直でいい子と思われていると思います。

この3人の男性について、仕事について、旦那より稼ぐことについてブロックがあるような気がします。夫の収入を少なくしているのか?このブロックを外すにはどうしたらいいのか?また心理の講師に対して依存せず、変な感情も持たずに一緒にビジネスをしたいと思います。私の気持ちってどうなんでしょうか?

from えりさん

 

 

えりさん、こんにちは。
カウンセラーのリエコです。

えりさんは、心理学を学ばれているんですね!
ご相談文に登場する3人の男性は、えりさんがご自分の心を掘り下げていく中で「関わりの深い人物」として挙げられた方なのかなと思いながら、読ませていただきました。 

私の気持ちってどうなんでしょうか?

「自分のことは、よく見えない」といいますが、逆に「第三者の方が自分のことがよく見えている」ことってありますよね。

えりさんのご質問の主旨が掴みづらかったのですが、今回は「カウンセラーの目線で、質問文を読んで感じたことを聞かせてほしい」という主旨で、すすめさせてください。

 


■お父様のこと

お父様は、単身赴任で家を空けられることが多かったんですね。
離れて暮らす時間が長くなることで、「父のいる生活は非日常」となり「長時間になると正直、早く出張に行ってもらいたいなと思いました」となってしまうのは、さみしいけれど仕方のない現実ですね。。
そしてそんな環境の中で、えりさんご自身も、子供ながらに「父のいない家庭」を支える役割を、少なからず担われてきたことは、想像に難くありません。
 

私たちは本来、子供の頃は親に「依存」して育ち、思春期に反抗期を迎えて「自立」します。
しかし、

私が子どもの頃、父は、単身赴任が多く私はあまり父に甘えた記憶はありません。

その講師に、えりちゃんの笑顔は防衛反応と言われ無意識に今まで笑顔でいたことを見透かされた気分で悲しくなってしまいました。

これらの文章からも、えりさんは、子供の頃から「自立」の状態にあったのではないかと感じました
・子供の頃はどんな子供でしたか?
・母親に対しては、子供らしく甘えられていましたか?
・子供の頃から周りへの気遣いをしたりしていませんでしたか?

また、えりさんのお父様にも、家族を支えるために単身で仕事に励まれたご苦労や、家族と離れて暮らすさみしい気持ちがあったのではないかな。。
なのに、私生活を脇に置いて励んでこられた仕事先から、リストラされてしまい、自暴自棄になってしまわれたのかもしれません。
そして、お父様のリストラ後には、えりさんやご家族のみなさんにもいろいろなご苦労があったんですね。
お互いを支え合い助け合ってこられたご家族なのだなと感じました。

お父様は、えりさんのその後の人生の中で、「投影」という形で現れます。えりさんの心の中には、お父様への何かしらの想いが、今も深くあるのではないでしょうか。

 


■旦那様のこと
旦那様は、お父様と同じ「優しく真面目」な方なんですね。
そして、大学卒業後はたくさん稼いでおられたのに、ご結婚後は共働きが必要になり、最終的にはえりさんの方が収入が多かったとのこと。。

私は結婚の経験がないので、ここからは「理想論」になってしまうかもしれませんが、以前パートナーシップに関する講義で、「パートナーシップの完成形は『相互依存』である」と学びました。
これは、「出来ることは自分でやる、できないことはパートナーに頼る」という在り方をいいます。

それを踏まえて相談文を読ませていただくと、もしかしたらえりさんは、結婚前の「自立」の状態のまま結婚生活に突入し、そのまま「支える役割」を担い続けてこられたのかもしれません。
それは仕方のないことですよね、だってそのスタイルしか知らなかったのですから。。

でも、そういう意味では、旦那様が生活を支えてくれている今が、「相互依存」という新しいスタイルを築いていくチャンスかもしれません。
具体的には「えりさんに出来ることはえりさんがやり、出来ないことは旦那様に頼る」スタイルにシフトしていくのです。
もしも、これまでの生活で「えりさんが担ってきたモノの比重が大きい」のであれば、旦那様に少しお返しして、バランスを整えていくといいのかもしれません。
よって、今後のえりさんの課題は、旦那様に「頼る」「ゆだねる」ことになるのかなと思いました。

この3人の男性について、仕事について、旦那より稼ぐことについてブロックがあるような気がします。夫の収入を少なくしているのか?このブロックを外すにはどうしたらいいのか?

「相互依存」という新しいスタイルにシフトすることが、えりさんの言う「お金のブロック」につながるのかはわかりませんが、このスタイルチェンジで、何かしらご夫婦の関係性に変化が生じることは、期待できるのではないかと思います。

 

 

■カウンセラーの講師
カウンセラー講師の方も、お父様に似て「優しい」方なんですね!
えりさんもおっしゃっている通り、私も、えりさんはカウンセラー講師にお父様を投影しているのかなと思いました。
そして、子供時代に封印した「依存(甘えたい気持ち)」が、その方を通して、解放されているのではないかと感じました。

また心理の講師に対して依存せず、変な感情も持たずに一緒にビジネスをしたいと思います。私の気持ちってどうなんでしょうか?

尊敬する講師に「父親」を重ねてしまうのも、未消化の気持ちが出てきてしまうのも、えりさんにとってはとても自然な流れだったと思います。
そして、えりさんがこのように悩まれているということは、えりさんにとってこの講師の方は、これからも大切にお付き合いしていきたい方なんですね。
でも、今後もしも、師弟関係としてだけでなく、ビジネスとしても関わっていきたいとお考えなら、ここでいちど気持ちを整理してみてはいかがでしょうか。

・これから自分はどうしていきたいのか
・講師との関係の中で、自分はどう在りたいのか
といったことについて考えてみたり、

「これまで講師に満たしてもらってきた未消化の愛情を、自分自身で満たす」というシフトチェンジも必要になってくるかもしれません。
もしも「自分自身で満たす」ことを難しいと感じるならば、旦那様を頼ってみるのはいかがでしょうか。

 

 

■大切な人との関係を見直してみよう。
表題に「講師に父を投影している私と主人について」とありますが、私は、講師の方だけでなく、旦那様にもお父様を投影しているのではないかと感じました。
それは、えりさんがお父様を支えられてきたように、旦那様に対しても「支える」お役目をされてきたことからも、うかがえます。

なので、「旦那様との関係を整えること」「講師の方との関係を整えること」は、えりさんにとって「お父様との関係を整えること」につながっていくのではないかと思います

具体的にいうと、
現在は、えりさんにとって「お父様」のポジションと「旦那様」のポジションが重なっているように私には見えるのですが、ご夫婦の関係を「相互依存の関係」に整えることで、「お父様」と「旦那様」のポジションを切り離すことができますね。
そして、「えりさん」と「講師」との関係を整えることは、父親に求めていた依存の気持ちを浮き彫りにしていくものと思われます。

その上で、「えりさん」と「お父様」との関係を改めて見ていくと、えりさんが懸念している「ブロックを外す」ことについて、何かしらのヒントが得られるかもしれません。


ご参考になりましたら嬉しいです!

 

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『他人を信用しない・負けたくない』から抜けたい【ココロノマルシェ】

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今日は『ココロノマルシェ』に寄せられたご相談にお答えしたいと思います!

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【ご相談】

こんにちは。
私は他人からアドバイスされるのが凄く嫌でどうしても我慢できません。
例えば、仕事を辞めた報告をした時に嫌な理由を説明して「そんなのどこでもあることだよー」と言われたのが許せなくて「だったら変わりにあなたが働いてきてよ、働いてから言って、何も知らないくせに!」と言い返したり…
ダイエットがうまくいかない時に彼氏から「そんなんじゃ痩せないよ・こうしたらああしたら」と言われるのも許せなくて「簡単に言うけどあなたダイエット勉強してるの?それでうまくいかなかったら責任とってくれるの?土下座して謝れよ?言うとおりにして失敗したら困るのは私なんだからね、無責任に言うな!」と言い返したり……
誰かの言うとおりにして成功するよりも、間違えて失敗しても自分で決めて選んだ道の方が良い、と考えてしまいます。
なのでもちろん、失敗の道ばかりを進んでいます(笑)
でももう辞めたいです、でも他人を信用するのが嫌です、すごくわがままですが、この状態から抜けたいです。
地雷のない人になりたい、穏やかで幸せな毎日を過ごしたいです。

from ロコさん

 

ロコさん、こんにちは!
カウンセラーのリエコです。

日常の何気ないコミュニケーションの中で、自分の感情が大きく反応してしまうこと、誰にもあることですよね。
そんな中、ロコさんは「自分のパターン」に気付き、「この状態から抜けたい」と行動をとられていることが素晴らしいです!
ロコさんのお悩みが少しでも解決に向かうよう、私なりに紐解いていきたいと思います。


★「怒りは感情の蓋」
ご相談文を読んで気になったのは、ロコさんが他人からアドバイスを受けた時に湧き上がる「怒りの感情」です。
「怒りは感情の蓋」という言葉があって、これは「怒りの後ろ側には、何かしらの感情が隠れている」という意味なのですが、これに当てはめると、ロコさんの怒りのうしろ側には、どんな感情が隠れているのでしょう?


そして、さらに気になったのがこの部分。

誰かの言うとおりにして成功するよりも、間違えて失敗しても自分で決めて選んだ道の方が良い、と考えてしまいます。
なのでもちろん、失敗の道ばかりを進んでいます(笑)

でももう辞めたいです、でも他人を信用するのが嫌です、すごくわがままですが、この状態から抜けたいです。
地雷のない人になりたい、穏やかで幸せな毎日を過ごしたいです。

「なのでもちろん、失敗の道ばかりを進んでいます」ということは、ロコさんの中には「自分で決めて選んだ道は、失敗する」という感覚があるのでしょうか?
表題にも「負けたくない」という文言がありますが、この言葉をチョイスされるということは、ロコさんの中に「私は負けている」という想いがあるのかな。。

そういう前提で、この文章を読んでみると、こんな風になります。

他人の言うとおりにすれば成功するのに、他人を信用するのは嫌。
他人を信用して、人の意見をすんなり聞き入れられるようになりたい、そうすれば「穏やかで幸せな毎日」が過ごせるはず。

他人からアドバイスされるたびに「他人の言う通りにすれば成功する(=どうせ自分は失敗する)」という想いになるのなら、それはとてもしんどいことだし、アドバイスを素直に受け取れないのは当然ですよね。
このようにして、ロコさんは、アドバイスを受けるたびに、無意識に自己否定して自分を責めているのではないでしょうか。
そして、「他人にアドバイスされる」たびに「人から責められている」ような感覚となり、相手が「敵」の立場になるから、「負ける」という表現になる・・と考えると、つじつまが合ってきます。
すると、冒頭でお話した「怒りの後ろ側にある感情」は、「自己否定」であり「無力感」なのかなと思うのですが、お心当たりはありますか?

 

また、あと1つ気になることがありました。
ロコさんが「間違えて失敗しても自分で決めて選んだ道の方が良い」という考えをお持ちであれば、誰に何を言われても関係ないはずですよね。
なのに、「他人からアドバイスされるのが凄く嫌でどうしても我慢できない」くらい、ロコさんの感情は、人の言葉に揺さぶられてしまいます。

揺さぶられてしまうのは、人の言葉が、自分と他人の境界線を越えて、自分の中に入り込んできてしまう感覚なのかなと思うのですが、いかがでしょうか?
また、これがパターンとなっているということは、これまでのロコさんの「人との関わり」の中に、同じような関係性があったのかなと考えてしまうのですが、お心当たりはありませんか?
また、普段から、自分と人との間に境界線を引くことが苦手だったり、人との距離感が掴みづらかったりということはあるでしょうか?
もしもカウンセリングの場でしたら、ロコさんの中にこうした関係性が培われた原因をたどってみたいです。

 

★自分と仲直りしよう
ロコさんは、誰かから「アドバイスを受ける」ことで痛みが生じてしまうから、「痛みを感じたくない」という気持ちが働いて、アドバイスをしてくる相手に怒りを感じてしまうようです。

そうやって、一生懸命に自分を守ろうとしているんですね。

でも、もしかしたらそのアドバイスは、相手にとっては「ロコのためを思って」の好意であったり、愛情表現かもしれません。

それさえも、攻撃とみなしてしまうのは、今のロコさんにとっては仕方がないことですが、でもそれって、とてももったいないことですよね。

ロコさんが「でももう辞めたいです」というのは、もしかして「他人を信用できないこと」ではなくて、「相手の言葉を受け取れないこと」なのではないでしょうか??

 

そこで、相手の言葉を受け取れるロコさんになるために、私から2つの提案をさせてください。

❶自分軸を持つ
もし、自分軸がしっかりとあれば、自分と他人との間に境界線を引くことができるので、人からどんな言葉を掛けられても「あなたはそう思うのね、でも私はこう思うの」と、自分の考えを揺るがされることがありません。
また、他人の意見がいいなと思えば「あなたの考えもいいわね!」といって、相手の良いところを取り入れて、自分の意見をさらに高めることができます。
これは、ロコさんの「痛み」の原因を解消することが改善のキーになるかもしれません。
「人は人、自分は自分」と思えることで、ロコさんが望まれている「この状態から抜けたい」という状態にグンと近づけるのではないかなと思います。

❷自分と仲直りする
今のロコさんは、自分を否定して「自分を責めている状態」と言えます。
だから、他人からアドバイスされた時も「責められている」と感じ、身構えてしまうのではないでしょうか。
でも、もし自分が「自分に寄り添う存在」「応援する存在」であったなら、相手のアドバイスに身構える必要がなくなるので、むしろそれは「自分を高めてくれる応援」と感じられるようになります。
そうなるためには、自分の「良い所」をたくさん知り、「悪いところ」は直さず受け入れ、どんな自分も「自分らしさ」であり「魅力である」と感じられる境地を得ることかなと思います。これを「自己肯定感」といいます。
自己肯定感は、上げようと思ったらすぐに結果がでるものではなく、日々コツコツと育てていくものです。なので、根気がいりますが、ロコさんの「穏やかで幸せな毎日を過ごしたい」という想いには、これなしにはあり得ないというくらい大切なアイテムです!
まずは、寝る前に「今日頑張ったこと」を5つ挙げてみる。
そんな小さなことから始めてみませんか?
自己肯定感については、根本さんの本に詳しく書かれています、とても良い本ですので、是非読んでトライしてみてください!

nemotohiroyuki.jp

 

質問文にあった「他人の言葉を信用して、誰かの言うとおりにして成功する」というゴールを、「自分と仲直りして地雷を取り外し、『自分の意見』と『相手の意見』のいいとこどりをして成功する」というゴールに変えていくことで、ロコさんの毎日が心穏やかでお幸せになりますように!

 

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続・自己肯定感の低い夫を助けてあげたい【ココロノマルシェ】

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 カウンセラーのリエコです。

『ココロノマルシェ』に回答したコチラの件に、お返事をいただきました。

以前のご相談はこちらデス

breaktime.hatenadiary.com 

 

【ご相談】

ご回答ありがとうございます。
夫のことを、私の物差しでしか理解してあげられず、それなのに自分の力でどうにかできないかともがいて居たんだなぁと思いました。

それ以上、夫が自分を責めないよう、相手を追い詰めて夫が嫌われたりしないよう、アドバイスをするので、夫にしたら、わかってくれない、俺が間違っていて、私まで相手の味方をするのか!と自分を拒絶された気持ちになっていたのだと思います。
どこか孤独感を感じで、寂しそうな様子にも見えていました。
夫が誰かを責めてしまっているときは、同じ、もしくはそれ以上の熱で自身を傷つけてしまっているのですね。。。
まずはそういう夫をまるごと理解し、受け止めてあげたいと思います。
同調や共感できない内容のときは傾聴でもいいのでしょうか。

そして、
辛かったでしょうという言葉にとてもホッとしました。
誰にも相談できず居たので本当にありがたいです。

子供達の前では決して夫をキレさせないように気を使っていますが、突然不機嫌になると私にも子供にも当たり散らす時があるので、そんなときは、子供達を守ってあげられない自分を情けなく思っています。
子供達の心の傷にならないかも気になっていました。

が、私にもできることがあると分かったので気を長くして、自分を大切にしたいと思います。夫と子供達、そして自分自身のココロがが喜ぶ選択をしていきたいです。

本当にありがとうございました。

 from むぎのすけさん

 
むぎのすけさん、こんにちは!
その後いかがお過ごしでしょうか
??

むぎのすけさんからいただくお便りには、いつもご家族への愛情があふれています。とても愛情深い方なのだろうなぁ。
そして「気を長くして、自分を大切にしたい」という言葉に、ホッとしています。

読ませていただいた中に「お子様に関するお悩み」が書かれていたのですが、私には子供がいないので無責任なお返事はできないなと思い、経験豊富な先輩カウンセラーたちにも意見を仰いでみました(守秘義務については十分気をつけていますのでご安心ください)。
いろいろな観点があり、視野を広げることができて、私自身もとてもよい勉強をさせていただきました。ありがとうございます!

それらを踏まえて、むぎのすけさんから頂いたお返事についての私なりの考えをまとめてみました。

 

■旦那さんのこと。

同調や共感できない内容の時は傾聴でいいのでしょうか?

旦那さんに同調できないことだってありますよね。。
でも、傾聴は「同調」しなくてもOKなんです!
「共感」とは、相手の感じたままを共有すること。
「同調」とは、言動を相手に合わせ、同じ意見や態度になること。
「傾聴」とは、相手に「共感」した上で話を聴いていくこと。
なので、同調できない話には、「あなたはそう感じるんだね」というふうに話を聞いていくのはいかがですか?心の中で「私は違うんだけどね」と言ってることは、もちろん内緒です笑

むぎのすけさんのご相談文から、旦那さんの状況を理解しよう、どうにか良くしてあげたい、というあたたかい気持ちが伝わってきます。むぎのすけさんというよき理解者がそばにいてくれることで、旦那さんはどんなに支えられ救われているのでしょう。本当にお幸せですね。
でも、旦那さんのお病気を改善に向かわせるのは、専門の医師やサポートスタッフの領域ですから、あまり気負わずにいてくださいね。

 

■子供たちのこと。

子供達の前では決して夫をキレさせないように気を使っていますが、
突然不機嫌になると私にも子供にも当たり散らす時があるので、そんなときは、
子供達を守ってあげられない自分を情けなく思っています。
子供達の心の傷にならないかも気になっていました。

旦那様はとても優しい方とうかがっていますので、むぎのすけさんが心配されているのは、旦那様がキレた時に「たまたま居合わせた子供たちがトバッチリを受けて当たり散らされた時に」子供たちを守ってあげられないこと、という理解ですすめさせていただきますね。

そして、はじめに1つシェアさせてください。それは、先輩カウンセラーから話を聞く中で気づいたことなのですが、叱られたり怒鳴られたりすることが繰り返しあると、そこに「耐性」ができるんです。それは「麻痺」ともいいます。
私自身も子供時代からよく父の怒鳴り声を聞いてきたので、父の怒鳴り声に「自分が麻痺している」という自覚がなかったのですが、「時に、私の失敗を執拗に叱ってきたり、思い通りにいかないことを私のせいにして怒鳴り散らしてくる」という旦那様と長く暮らしているむぎのすけさんも、同じ状態ではないかなと思ったのです。
何が言いたいかというと、もしも旦那さんのキレた状態に、むぎのすけさんが「あまりにひどい」と感じられることがあれば、麻痺していない人にとって「それ以上にひどいと感じられる状況」であるということです。
ご自分の感覚が「麻痺しているかも」という視点を持つことは、物事をフラットに見る上で必要だと思いましたので、シェアさせていただきます

その点に関しては、子供たちも同じかもしれません。
父親から理不尽な怒りを向けられることは、大きなストレスとなるわけですが、それが日常的にとなると、だんだん感覚は麻痺して耐性ができてくることが考えられます。
でも、だからストレスにはならないかというと、それは別で。
私の場合、父の怒鳴り声には耐性がありましたが、他の人(特に男性)の怒鳴り声には非常に敏感でした。多感な頃に痴漢を捕まえたことがあったのですが、取り調べの警察官が犯人に対してものすごい勢いで怒鳴る声に、体が大きく震えだし大泣きしてきまったことがあったんです(痴漢を捕まえるほど勇敢だったのに…!)。これもおそらくトラウマによるものかなと思っています。
父親と同居しているわけなので、なにかしらのトラウマができてしまう心配はありますが、この状況でむぎのすけさんが「できること」を考えるなら、できるだけ子供をそういった場から逃がすこと、子供とコミュニケーションをとること(子供の想いを聞いてあげる、それを聞いて子供に対して必要なことをする、等)など、トラウマが大きくならない工夫をしていくことではないかと思います。
ただし、もしも旦那様がキレた時に「子供たちがターゲットになりやすい」ということであれば話は別で、その時には、間に入って食い止める、子供を父親から引き剥がす、といった「子供たちを全力で守る(=逃げる)」姿勢が必要になると思います。

 

■むぎのすけさんのこと。
そしてここから、私が「いちばん大事」だと思うことを述べたいと思います。
ここまでいろいろなことを書いてきたのですが、これらはある意味「理想論」です。
実際のところ、普段の生活の中では、想定していないこともたくさん起こるだろうし、突発的な状況に対してどうしたらよいのか戸惑うこと、頭で考えているように進まないこともたくさんあると思います。
そんな時に、「自分を責めない」こと、そして「ひとりで背負わない」こと、要は「むぎのすけさんご自身の心&体を健康に保つこと」が、いちばん大事だと私は思います。
「旦那さんの病気を理解すること」以上に、むぎのすけさんが「自分の心と繋がり、自分に無理をさせないこと」です。
なぜなら、旦那さんにはむぎのすけさんという理解者がいますが、旦那さんがお病気である今、むぎのすけさんを理解し支えられるのはむぎのすけさんだけだからです。

始めのご相談のお返事に「自分軸をもつ」「自分は自分、夫は夫」とお伝えしましたが、さらに言うなら「まずは自分」です。


◆「助けたい」の気持ちについて。
ご相談文のタイトル「自己肯定感の低い夫を助けてあげたい」にもありますが、ご相談文を読ませていただいても感じるのは、むぎのすけさんは「助けたい」の気持ちがとても強い方だということです。
助けてあげられないことを自分のせいに感じて、罪悪感を感じたりしていませんか?
むぎのすけさんのご相談文は、すべてご家族の心配です。だから、もしかしたら自覚がないのかもしれないけど、むぎのすけさん、相当しんどいのではないですか?もう、まいっちゃってるのではないですか?本当は「自分が助けてもらいたい」と感じられてはいませんか?

さらには、今ご家族に対して感じられているのと同じような「助けたい」という想いや感覚を、これまでにも誰かに持たれたことはありませんか?
ご相談文には書かれていないことなので、これは私の勝手な推測ですが、幼少の頃のご家族の関係の中でも、似たような感覚がありませんでしたか?
もしもカウンセリングの場でしたら、その感覚がいつ、どのように、むぎのすけさんに備わったのかを掘り下げることをしていくと思います。そして、ご両親やご家族との関係もうかがってみたいです。
そして、もしもそこに何かしらの痛みがあれば、癒していくことで、今の生活の中でもむぎのすけさんがもっとラクなマインドを持てるようになるかもしれません。


◆ひとりで抱え込まないで。
むぎのすけさんは、旦那様や子供たちへの想いがとても深い方なので、家族が幸せであることがとても大事ですよね。なので、上手く運ばなかった時に「私のせいだ」と罪悪感を感じてしまわれるかもしれないし、「自分が夫をささえなければ、自分が子供を助けなければ」「自分しか、助けられる人はいない」「もっと頑張らないと」と自分のお尻を叩いてしまわれるかもしれません。
でも、これだけのことをむぎのすけさんお1人でケアしていくのは、無理があります。
むぎのすけさんがダウンしてしまったら、ご家族みんなが困ってしまうでしょう??
なので、ひとりで抱えこまず、100点満点を目指さず、是非まわりの人にサポートを求めながら、気長に構えてみてください。
物理的なサポートはもちろんですが、日々のいろいろを誰かに聞いてもらうことも、むぎのすけさんの心を健康に保つ上で、大きな助けにつながります。

「話すは放す」といいます。ご家庭のことなので、なかなかお話しづらいこともあると思いますが、そんな時にはぜひカウンセラーを頼ってみてくださいね。

先ほども書きましたが、むぎのすけさん(そして私!)には、ストレスに対する耐性がありそうです。
なので、むぎのすけさんが「しんどい」と感じた時には、その時点で既に相当大きなストレスがかかっていること、それ以上頑張ってはいけないことを、お互いよく意識していきましょう。
そして、むぎのすけさんの毎日が心健やかでありますように、心地よい時間が増えていきますように、応援しております!

 

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感謝とは、受け取って与えること。

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「感謝」することで心があたたかくなるのは、相手の与えてくれた愛を「受け取る」ことだから。

そして、感謝という形で相手に愛を「贈る(与える)」ことだから。

今日はそんなことを思った1日でした。

 

その学びをくださったのは、もう15年近くお付き合いのある、仕事でたびたびお会いしていた方。今日は、その方の訃報を知りました。

私は長く仕事をしているので、こういうことは初めてではないけど、その方はとても印象的な方だったので、訃報を知って胸がギュッと締め付けられました。

友人でもなく、お世話になったというほどでもなく、ただ顔を合わせると「こんにちは」とニッコリして、ちょっとおしゃべりするくらいの関わりだったのだけど。。

 

どうしてこんなにさみしい気持ちになるんだろう、と考えてみたんです。
まず、とても気さくに話をしてくださる方でした。
大きな仕事をされている年上の方ですが、人に対して上下関係を作らず、私たちに対しても「仕事先の社員」というのではなく、「ひとりの人」として接してくれる方でした。
いつも笑顔で、とてもエネルギッシュで、お会いするだけで元気をもらいました。
たまに印象的な言葉を掛けてくださり、視野を広げてくれました。
・・思い返すと、たくさんの恩恵をいただいていたことに気付かされます。

 

感謝の気持ちを、ご存命のうちに感じられていたらよかったのに。
「ありがとう」の言葉を伝えないまでも、感謝の気持ちで接することができたらよかったのに。

 

そういえば、最近似たような感覚がありました。
三浦春馬さんが亡くなったあとで、YouTubeの彼の映像をみて、演技だけでなく歌も踊りも素晴らしく、とても魅力的で、もっと早くから注目していたかったなぁと残念でならなかったんです。

 

私たちは、誰かと接するときに、当たり前のように「また会える」と信じています。
だから、伝えたい想いも、感謝の気持ちも、あまり意識しないまま、会って別れてを繰り返し、なんとなく日々が過ぎていきます。
でも、それって「当たり前」じゃないんですよね。

 


先日、先輩カウンセラーの岩橋さんが、ブログに「感謝の手紙を書くワーク」について書かれていて。

ameblo.jp

このワークは自分の中の「愛」と繋がれて、とっても優しくって温かい気持ちになり、気分が良くなります。

そして気分が良くなると、自己肯定感が上がる事に繋がるんですね。

ちなみに僕の場合は、毎日便せん1枚に対して1人、感謝出来る事や嬉しかったこと、楽しかったことなど、その人に対するポジティブな感情を書き綴っていったのですが、毎日その手紙を書く時間がとても楽しく、そして気分も上がった為、「感謝」の効能について改めて実感しました。

そして、そのお手紙ワークを続けていると、今現在の人間関係についても改めて感謝が湧いてきたり、ちょっとした事でもすぐ「ありがとう」と言いたくなったりと、色んな効果が表れたんですね。

この効果はかなり顕著で、手紙を書こうと思って、便箋とペンを用意して机に着いた時点で、もうすでに気分は良くなっているので、是非あなたにも試してもらえたら嬉しく思います。

 

岩橋さんのブログを読み返して、頭に浮かんだのが、冒頭に書いた言葉でした。

その方とは仕事場でのお付き合いなので、「愛」という言葉は仰々しい気もするけど、でも、今その方に伝えたい気持ちは「ありがとう」なので、やっぱり愛です。

そして、書かれている通り、その方へのポジティブな感情を思い浮かべ、言葉を並べていったら、さみしい気持ちが「感謝」に昇華され、心があたたかくなったのでした。

  

 気付いていること&いないこと、受け取りやすいもの&そうでないものも含め、私たちは普段、周りの人からたくさんの愛をもらっています。

なのに、普段の生活の中で、それらの多くはあまり意識されることがなく、当たり前のように受け取って、感謝はスルーしてしまいがち。

でも、もしも心の中に大きな感謝があったとしても、意識されない「感謝」は、ないのと同じなんですよね。

だから、自分の中にある「誰かへの感謝」を見つけていく作業は、愛を増幅させるような効果をもたらすのかもしれません。

 

伝える伝えないは別として、まずは、いつも接している「家族」や「周りの人たち」から、私も感謝の手紙を書いてみよう。。

そしてさらには、苦手な人や嫌いな人に対しても。これはなかなか難しいことだけど、もしそんな気持ちを向けられたら、日常の風景は大きく変わっていくのだろうなぁ(なぜなら、苦手な人は「自分のシャドウ」だから!)。

 

人との出会いは、一期一会。

最後にとても大切なことを教えていただいて、その方との出会いに感謝の気持ちでいっぱいです。
 

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