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心理カウンセラーリエコのブログ

「感じることから逃げていた私の話」、の1年後の話。

 

こんにちは。

心理カウンセラーのリエコです。

 

感情を感じること。
それは、心理学を学び始める前からの、私の裏テーマでした。
どうして「裏」かというと、はっきりと「よくわからない」と言えないくらい、掴みどころのないものだったからです。

 

「自分がなにを感じてるのかわからない」時もあれば、
大きな感情に翻弄されてエネルギーをたくさん消耗する時もありました。

なぜ「自分がなにを感じているのかわからない」のかというと、
それは、感情が溢れる前に「思考に切り替えて」しまうから。

感性が豊かすぎる人や、繊細すぎる人や、過去の心の傷が痛む人は、
社会生活に自分を適応させるために「感情に蓋」をして自分を守ることがあります。
そうするうちに、それがクセになって、自分がなにを感じているのかわからなくなっていくんです。

そうやって「感情に蓋」をしようとするのは、自分が感情に翻弄されやすいことを知っているから。

感情が溢れる前に「思考に切り替え」られたら、それはそれで問題だけど、
感情に翻弄された時にはいつも、平常心でいられなかった自分を責めていました。

 

「感情」の扱いが不器用だとしんどいことも多いけど、それは私の中の問題を浮き彫りにし、いろんな学びにつなげてもくれました。

そして1年ほど前、自分なりに「ある程度は把握ができた」と踏んで、それまでの学びをブログに綴ったんです。

そのすぐあとに、まさかの展開が待っていたんですけどね!

今日は、ブログの「その後の1年」について書いてみたいと思います。

 

        *****

 

このブログを書いた時は「ひと山超えたなぁ」なんて思っていました。
でも、それから程なくして、突然「ふた山」めが訪れます。
「心の強制終了」です。

ブログに偉そうなことをたくさん書いておきながら、とても恥ずかしいのですが、私はデッドゾーン燃え尽き症候群)に突入してしまったのでした。

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デッドゾーンに突入してしまった話。

デッドゾーンとは、一言でいうと「何も感じない」状態。
・無気力でポカーンとなって、やる気がおきない。
・楽しいことがぜんぜん思い浮かばない。
・坂道を落ちていく感覚‥でも抗う気力がわかない。
まるで、心の中が色彩を失ったようでした。

どうしてそんな状態に陥ったのか?
カウンセリングをしてくださった根本師匠は、
男性性女性性を抑え込む、そのやり方に限界がきた」のだと説明してくれました。
思考感情を抑え込む、そのやり方に限界がきた」とも言い換えられます。

自覚はなかったけど、気づかないうちに小さなストレスが積もり積もって、それを持ち前の「我慢強さ」でナチュラルにスルーし、ブルドーザーみたいに前に進んでいくうちに、力尽きてしまったのだと思います。(デッドゾーン期のことは、こちらに書いています。

 

「感情・感覚」は、私にサインをしていたはずです。
しんどいよ、休ませて、って。
そのサインをキャッチできなかったことが、私をデッドゾーンに向かわせました。

自分でもよく自覚していたはずの「思考で感情を抑え込む性質」が、しらないうちに発動され、「極」までいってしまったのだと思います。

 

「感情を感じること」に苦手意識がある人って、
感じないようにして思考でサクサクと物事を進めてしまうクセがついています。
そして、そのクセは、長年のルーティンにより無意識化しています。

「無意識」を変えること自体が難しい上に、
感じることって「正解がない」から掴みづらいし、
意識していないとスルーしてしまう。
だから、その苦手意識はなかなか抜けないのだと思います。

でも、デッドゾーンを迎えた私は、それまでの「思考で感情を抑え込むやり方」を手放さなければなりませんでした。

そうなると、「感情・感覚を感じていくこと」は不可欠です。
今回のデッドゾーンは、ゆるゆると構えていた私に「感情から逃げてないで、本気で取り組みなさいよ」と喝を入れにきてくれたのかもしれません。

 

 

デッドゾーンのあと、どうなった?

振り返ると、デッドゾーン後の日々は、
「長年培ってきた男性性」と「ぜんぜん頑張れなくなった自分」との葛藤であり、
「顔を出してきた女性性」と「それに戸惑いながらも抗えない自分」とのせめぎ合いでした。

そして、「今までのやり方」とは違うスタイルを探るたびに、慢性的な問題(理想主義やら、コントロール癖やら)が顔を出して、その1つ1つに取り組みながら、自分と向き合う日々。

でも、恩恵もありました。
慢性的な問題って、私を「今までのやり方」に留めていたストッパーのようなもの。
だから、1つ手放すごとにふわっと心が軽くなることを実感できました。
そして、1つ手放すごとに自分との絆が深まる感覚がありました。

 

でも、「思考派体質」は未だ抜けていません。
会社に勤めたり、社会生活に沿う生活をしていると、思考的な習慣から抜け出すのは、なかなか簡単ではありませんよね。。
でも、「思考で頭がぐるぐるしている時に『あ!』と気づいて、思考から離れる」ができるようになりました。
やるべき仕事を目の前にすると、意識がそちらに引っ張られてしまいやすい私なので、自分の状態に気づけるようになったのは大成長!
感覚って、こうやってコツコツと育てていくものなのかもしれません。
思考と感覚のバランスも育つといいなぁと思っています。

 

以前は、「感情の波をサーフィンみたいに乗りこなすこと」が生きやすくなるコツだと思っていました。
今でもそう思っているけど、それ以前に、今の私には「もっと丁寧に、感情・感覚をキャッチすること」が必要みたい。
そんなことを実感しています。

 

 

感情を感じられなくなったのは、なぜだろう?

「感じないように蓋をする」のは、痛くて感じたくないからです。

過去に痛みがある人は、同じ感情を感じないために心に蓋するのでしょうし、
心が繊細な人は、その「繊細さ」で全ての感情を感じると、社会生活でとても生きづらいから、自分を守るために感情に蓋をしていきます。

自分の感情と向き合わないために、すぐに思考に切り替えて、
理屈で納得しようとしたり、
理性でなかったことにしたり、
「そう感じる自分が悪い」と自分責めしたり。

そうやっているうちに、自分が本当に感じていることがわからなくなっちゃう。
本来の自分とどんどん疎遠になっていくんです。

 

 

感情・感覚と仲良くなるために。

もっと丁寧に、感情・感覚をキャッチできるようになるには、
・意識的に感情・感覚を感じていくこと。
・思考に逃げないよう、自分に寄り添うこと。
・蓋をしてきた「感じたくない感情」と向き合うこと。

感情は、感じたら抜けていくものだしね。
いろいろ手探りしていきたいと思っています。

 

そんな心境に至ったのが、この1年間の私の成果。

次の1年後にはどんなことを書いているのか想像もつかないけど、
少しでも前に進めているといいなぁ!と思っています。

 

心理カウンセラー リエコ
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