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心理カウンセラーリエコのブログ

苦しみにすっぽり包まれてしまったあなたへ

カウンセラーのリエコです。

三浦春馬さんの訃報から、1週間が経ちましたね。

YouTubeの映像には彼の魅力と才能が溢れてて、時間があるとつい観てしまっていた今日この頃です。

とても感じのよい俳優さんだなぁとずっと好感を持っていたけど、演技だけでなく、歌も踊りも素晴らしくて、これほどまでに才能豊かな人だと知ったのは亡くなったあとでした。

本当に残念で悲しい。

彼の舞台に足を運びたかったなぁ。

 

彼の死に心を痛めている人の反応がとても大きく感じるのは、私の主観でしょうか?

私も、あのキラキラした笑顔の奥にどんな苦しい想いを抱えていたのだろう、どうにかしてあげられなかったのだろうかと、想いが尽きないひとりです。

そして、こんなに魅力的な彼がどうして…といった驚きや悲しみ、いなくなってしまった寂しさだけでなく、「自分ごと」のように彼の心境を思いやり胸を痛めるコラムやコメントを多く見かける気がしています。

 

彼がどんな想いでいたのか、何かきっかけになるような出来事があったのかは、本人にしか分からないことです。

それでも、才能も魅力もあって、これからもっともっと羽ばたける彼が心に抱いていた「自ら人生を閉じるほどの大きな苦しみ」を想像するとき、

私たちは『自分がかつて経験した痛み』を彼に重ねているのかもしれません。

人は、自分にないものを想像できないからです。

 

私がこの数日、なんとなく重苦しい気持ちが取り去れないのも、たぶんそんな気持ちから。

私はたまたま、彼の死の翌日に受けたカウンセリングで、自分の中の「観念(前提)」を見つけたのですが、それは自分に対する強烈な自己否定でもあり、

そんな想いを彼に映して、私の中には「さぞかし苦しかったのだろうなぁ」という彼への共感があるのかもしれません。誠に勝手ながら。。

 

もう1週間が経とうとしている今、この話題を持ち出してくるのはどうなのかと思ったけど、自分の気持ちを切り替えるために、また、いつかもしも苦しみに包まれてしまった時の自分に向けて、今想うことを書いてみたいと思いました。

 

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人は誰もが「自分のメガネ」を通して世界を見ています。

「自分はダメだ」と自己否定している人は、「誰かが自分に価値を見てくれている」なんて想像もできないから、周りの人も(自分と同様に)自分を否定していると信じて、それを前提にして生きているし、

「自分は愛されない」と思い込んでいる人は、「自分が誰かから愛される」なんて想像もできないから、周りの人も(自分と同様に)自分を嫌っていると信じて、それを前提に生きています。疑いもせずに。

そして、その前提にすっぽりと包まれてしまうと、「そういう状態に陥っている」ことに気づくことは、とても困難です。

 

苦しみにすっぽりと包まれてしまったら。

そんな時には、目を閉じて、深く呼吸を繰り返しながら、心の中を観察します。

そして、自分の中にある感情に対して、良いとか悪いとか評価せずに、そういう気持ちがあると「ただ眺める」のです。

外側から眺めている自分は、苦しみの渦中にはいません。

それが、一番シンプルな「思考のぐるぐる」からの抜け出し方。

「問題にすっぽり包まれている世界が、自分の世界の全てである」という錯覚に気付く方法です。

 

思考も感情も、とても不確かなものであり、ずっとは続きません。

例えば、同じ出来事があったとして、10年前と今とでは、それに対する受け止め方や感じ方は違うでしょう?

今自分の中にぐるぐるしている思考も感情も、今の自分が一時的に感じていることに過ぎないのです。

だから、今そんな気持ちになっている自分を外側から「ただ眺める」ことで、

自分がすっぽりと包まれてしまっている世界が全てではないこと、その考えや感情はいくつかの選択肢のひとつであり、自分がソレを選んでいること、その世界の外側には違う空気が流れていること、に気づくことができます。

 

 

そうは言っても、「ただ眺める」をすることで、問題が消えてなくなるわけではありません。

でも、問題軸から自分軸に戻ることができます。

問題にすっぽりと包まれている状態から、「脇に寄せる」イメージへ。

パワーを奪われまくっている状態から、「存在を認識している」イメージへ。

そうやって、冷静に眺められるようになれたら、自分の状態に気付けるし、そこから「どうする?」と考える余地が生まれ、自分には選択肢があることを思い出すことができます。

 

その上で、

もしも、心の中に自己否定があったり、自分を責める気持ちが生まれたら、

それは過去の自分が「その時のベスト」を尽くした結果であること思い出して、許してあげてほしい。

そうなってしまったのには、そうなる理由があるのだということを、理解してあげてほしい。

そして、自分を悲しくさせるその思考は、「コンディションの悪い自分」が信じ込んでいる勘違いで、「あなたは魅力も価値もある」と、根拠はなくてもそう思ってみてほしい。あると思えば何か見つかるから。

 

理想の自分を追いかけて苦しくなるのなら、一旦そこから離れてパワーを養って。元気が出たらまたトライすればいい。

自分の中にないものは想像もできないはずだから、理想のビジョンが描けているなら、それは自分の「真実の姿」であることを忘れないで。

 

それでもぐるぐるから抜けられない時には、人に頼ろう。

人に頼らず何でも自分でやってきた頑張りやさんが、ギリギリまで頑張って、いざ「人に助けを求めたい」と思っても、どうしたらいいのかわからないもの。そして、ギリギリまで頑張った末の「助けて」を拒絶された時のダメージを思うと、とても怖いものです。

そんな時には、カウンセラーに話をしてみよう。「自分の中の前提」を一緒に探ってもらおう。

「話すは放す」だから、自分ひとりでか抱えているよりもずっと軽くなるはず。

そして、日頃から小さく人に頼ることを練習していこう。

 

すっぽりと苦しみに包まれてしまう時がきたら、の自分へのメッセージ。

今の自分にできていないこともたくさん書きました笑

読んでくださった方の、何かの参考になりましたら幸いです。

 

 

心理カウンセラー リエコ

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